ムスリム

Posted on January 2nd, 2010 by Author

ムスリム(アラビア語: مسلم、英語: Muslim モスリム(または、モスレム)とも言う)は、「(神に)帰依する者」を意味するアラビア語で、イスラーム教徒・回教徒のことである。

概要

キリスト教圏ではムハンマド教徒、マホメット教徒とも呼ばれ、日本でもかつては一部でこの語を用いた。女性形はムスリマだが、アラビア語社会以外では区別しないこともままある。また、中世キリスト教世界では、イシュマエル人、カルデア人、モーロ人、サラセン人などあたかも民族集団であるかのような名称でも呼ばれた。

ムスリムになるためには、証人となるムスリムの前で信仰告白の手続きを取ることが必要である。ムスリムは、神(アッラーフ)を常に身近に感じるように、五行を実践することが建前である。 父親がムスリムであるものは自動的にムスリムとなるとされている。

分布

かつて、イスラム教はキリスト教よりはるかに多様な民族の間で信仰されていた。しかし、近代以降、西方のキリスト教会が世界中に布教を行いその分布を広げたため、それに比較すると、イスラム教を信仰する民族は限られている。

サハラ砂漠以北の世界に限って言うと、イスラムを信仰する民族はかなり限定的で、アラブ系、イラン系、インド系、テュルク系、マライ系の五つの系統の民族でほぼ全ムスリムの95%以上を占めている。残りの数%に関しても、バルカン半島のアルバニア人、スラヴ系のムスリム、コーカサスの諸民族、中国領内の中国系ムスリム、モンゴル系ムスリムなど、やはり限られた民族の間で信仰されている。

西ヨーロッパや日本、韓国、アメリカ大陸、オセアニアなどにはイスラム教を信仰している現地人の集団は観察されない(もちろん、個人的な事情でムスリムとなった個人はそれらの国にも多数存在する)。

一方、それに対してサハラ以南のアフリカでは実に多様な民族の間でイスラムは信仰され、今もその勢力を拡大させている。サハラ以南のアフリカの場合、民族でムスリムか、非ムスリムかを判定することは困難である。

概念

ムスリムとは、宗教的概念である。ところが、これは民族的概念だと意識されることが多い。中国、ネパール、スリランカ、ブルガリア、旧ユーゴスラビアなどの非イスラム教国には現地の言語や文化、形質などに同化しているムスリムの集団が見られる。これらは、一般的に考えれば、~人のイスラム教徒であり、~人のキリスト教徒や、~人の仏教徒が別の民族として扱われることが普通無いように、本来は単なる~人のイスラム教徒として扱われるはずである。

ところが上記の国ではそれぞれ回族、ムスリム人、ムーア人、ポマーク人、ムスリム人などと別の民族として扱われたり、別の統計に表れたりする。

この意識は内外双方に見られ、ムスリムの側も外部と自分たちは別の民族だと言う意識を持ち、外部の民族もムスリムを自分たちとは(例え同じ言語を用い、同じ形質的な人種であっても)同じ民族だとはみなさない場合が多い。

言語

ムスリムの使用する言語で最も使用人口が多いのはアラビア語で、約2億8000万人ほどの話者人口がある。ただし、これには互いに通じない多様な方言を含んでいる(標準アラビア語を公用語として使用するものと考えた場合である)。

次に使用人口が多いのはインドネシア語の約2億人である。ただし、インドネシア語の使用人口の大半は公用語としての使用人口であり、母語者のみに限定した場合は2000万人ほどである。マレーシア語とはほとんど同じ言語であり、両者を同じ言語であるムラユ語と規定した場合、使用人口は2億2000万人ほどとなる。

3番目に使用人口が多いのがウルドゥー語の約1億8000万人である。これもインドネシア語同様、第2言語としての使用人口であり、母語話者はやはり2000万人ほどだと言われている。インドにはヒンディー語を母語とするムスリムも5000万人以上存在すると見られる。ウルドゥー語とヒンディー語を同じ言語であるヒンドスターニー語と規定した場合、この言語を使用するムスリム人口は2億3000万人ほどとなり、ムラユ語とほぼ同規模となる。

4番目に使用人口が多いのはベンガル語である。ベンガル語を使用するムスリムの人口は1億6000万人ほどである。ジャワ語とパンジャビー語のムスリム話者がそれぞれ8000万人ほどである。ただし両者は同時に、インドネシア語、ウルドゥー語の話者でもある。ペルシア語の話者が約7500万人存在する(母語話者は4000万人ほど)。これに実質同じ言語である、ダリー語とタジク語の使用人口を加えると1億1000万人ほどとなる。

トルコ語の話者が7500万人存在する。

ヒンディー語の総使用人口は約5億人だが、そのうち5000万人近くがムスリムである。ムスリムの使用するヒンディー語はアラビア語ペルシア語の外来語に占める割合が高く、ウルドゥー語との境界線が曖昧である。パシュトー語の話者総数は約4000万人である。ただし東西の方言差は大きい。ハウサ語は話者総数約4000万人、うち母語話者数は2500万人ほどである。

そのほか、2000万人以上のムスリムの話者人口を持つ言語が、アゼルバイジャン語、ウズベク語、クルド語、ダリー語、スンダ語、スワヒリ語、ソマリ語などである。1000万人規模のムスリムの話者人口を持つのが、シンド語、フラニ語、カザフ語、オロモ語、マドゥーラ語、マレーシア語、ヨルバ語(ムスリムは30%ほど)、タジク語、中国語(回族の話者)、ウイグル語などである。

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日本人とムスリム

日本に定住する外国人は多い。その中には、ムスリムが多数存在する。

日本に定住するムスリムのうち、特に多いのがインドネシア人、バングラデシュ人、パキスタン人、スリランカ人(スリランカ自体はイスラム教徒は少数派の国)である。それ以外の国からの移民も多く、その出身国は、中東、アジア、アフリカと多岐に渡る。

日本のほとんど全ての県にモスク、もしくは何らかの礼拝所が存在し、イスラム教徒の専用の食品や肉、調味料を扱う店やレストランなどが併設されている所もある。大都市においては、ムスリムを見かけることはなんら珍しい事ではない。ただし、その構成者の大半が外国人であるという点が日本のイスラム社会の特徴である。

アジアの非イスラム教国の多くには自国民のムスリムの集団が存在する。中国西北部や、タイ南部、フィリピン南部、ミャンマー西部、モンゴル西部などには、隣接するイスラム圏から延長された、ムスリム民族の多数派地域が存在する。カンボジアやベトナムにはムスリム民族の飛び地が存在し、中国や、南アジア諸国には現地の言語や文化、民族に同化したムスリムの集団が存在する。

日本と朝鮮半島には、そのような自国民のムスリム集団は存在しないが、個人のレベルでは結婚もしくは、自発的改宗によって、ムスリムとなった日本人はけっして少なくない。しかしそれはあくまで個人であり、日本人のムスリムの集団や、構成員の大半が日本人で占められるモスクなどは現在存在しない。その意味では日本や朝鮮はアジアの中では最もムスリムが少ない国であるといえる。

日本にイスラムが普及しなかった要因として文化的な相違が挙がることがあるが、決定的な要因とは言えない。イスラムを創始したアラブ人と近しい文化を持つ、モンゴル人やナイル川上流域の牧畜民族などの間にはあまりイスラムが普及しておらず、一方で熱帯の農耕民族である、インド亜大陸や東南アジア島嶼部、熱帯アフリカなどに広くイスラムが普及していることがその反証にあげられる。

宗教の伝播において確かに文化的要因は無視できないが、決定的な要因はあくまで歴史的経緯であると言える。日本は近代に至るまでイスラム圏と直接接することもなく、またその支配下に置かれることも無かったため、イスラムが普及しなかったのだと言える。

しかし今日、イスラム圏からの移民の一部は日本人と結婚し、その二世の世代に入りつつある。二世の多くは日本国籍を取得しているため、今後は急速に日本社会に同化していくと考えられ、日本人によるムスリム集団も成立していくものと見られる。

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キャラバン(caravan)

Posted on January 2nd, 2010 by Author

キャラバン(caravan)はペルシャ語の「カールヴァーン(Karvan)」に由来する言葉で、日本語では「隊商」という訳語が充てられている。

概要

キャラバンは商品の輸送中に盗賊団などの略奪、暴行などの危険から集団的に身を守り、商品の安全やいざというときの保険のために、複数の商人や輸送を営む者が共同出資して契約を結ぶことによって組織されていた。

そのためキャラバンは、その指揮者、事実上の「隊長」の指揮のもとに隊列を組んで一貫した統一行動をとることが要求され、「隊長」が、水場や旅程、停泊などを日程を決定し、キャラバン隊は全員それに従った。

西アジアのキャラバン交易は砂漠の気温が極端にあがる夏は避けられ、年間3~4回程度、春と秋に行われた。主にイスラム地方を回る商人が多かったが、キャラバンはさまざまな文化が交流・融合するきっかけともなった。

輸送用の動物

輸送に使用される動物はラクダをはじめとして、馬、ラバ、ロバなどがその特性やキャラバンの目的に応じて使い分けられた。

馬は耐久性がないため、荷物の運搬には用いられずに旅程の先導役に使われた。ロバも体が小さいため荷物がつめず長距離の交易には使われず、結局えさなどの維持費用も廉価で、耐久力のあるラクダやラバが長距離の交易に使用されることになった。

ラクダは起伏の激しい地形を歩くのが苦手なため、必然的にラクダの隊商ルートは、平坦なステップや砂漠地帯になった。金と岩塩を交換するサハラ超えの交易のラクダ=キャラバンは数千頭規模に及んで、スーダンのガーナ王国、マリ帝国、ソンガイ帝国の繁栄の基礎となった。

一方でラバは、荷物の積載量はラクダの1頭あたり130kgに比べ80kgとやや劣るものの高低差の激しい地形には強いことから中央アジア、トルコ、イランなどの高原地帯や山岳部のキャラバンで用いられた。

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関連項目

著名なムスリム一覧